深夜、ネット上で移民の是非を問う論争に巻き込まれてしまった。
日本に大規模に移民を招き入れることに対する是非を話していた所を、たまたま通りかかってしまったのである。


反対派の意見は
「移民政策が成功しているのはシンガポールくらいだ。ヨーロッパで移民政策を取っている国ではいずれも移民排斥運動がおきている」
「移民は必ずコロニーを作る。群馬県の大泉のブラジル人しかり、西葛西のインド人しかり。こういうエリアは日本ではなくなる」
「移民してくるということは、故国にいるより日本に来たほうが生活が改善するということ。そうなると、どんどん子どもを作りはじめる。結果、日本人よりも移民の人口が増えてしまう」
「日本人がマイノリティになれば、結果、共通言語も変わるかもしれない。日本の文化や伝日本の統の伝承も可能になるかどうかわからない。これが果たして日本といえるのか」
「政治の場にも移民が増えてくる。法律も移民寄りになる」
などなど。


これまで移民論議にはさして興味がなかったが、もしこれが移民議論の一般的な傾向なら、こういう純血国粋主義は叩き潰さなければならない、と思った。


少子高齢化の中で、この人たちが言う「日本人」はどんどん数が少なくなっていく。いま60代の団塊世代がどんどん死んでいく20年後からは急速に人口減少に見舞われる、と、国立社会保障・人口問題研究所 http://www.ipss.go.jp/index.asp も言っている。

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古今東西、人口が減少してそれまでの映画を維持してきた国家というのは、ない。もしそういう国があるのだとすれば、そのエリアだけのものすごいイノベーションがあることとか、突然ポスト石油にあたる天然資源がハックルされることだが、いまのところそういう兆候はない。「日本では近い将来メタンハイドレートがザクザク取れる」と言っている人もいるけれども。
少なくとも今レベルの繁栄を維持したいのなら、人口を維持するかイノベーションに励むことである。


グローバリゼーションが進んだ今、経済的には国家とか国境というのは存在しないも同然である。このグローバリゼーションは、もっともっと進んでいくと思われる。その時に一国で閉鎖的に生きていくのは、すなわち、世界経済と切り離されるということである。
そもそも少子化は日本にだけ起こった特異な現象ではない。先進国はどこでも少子化している。多くの国で移民政策を取って国を維持している。オリンピックやサッカーのワールドカップで、ヨーロッパの国の代表に多くの黒い肌の人がいるのは、移民政策の結果である。


移民を語る時、それも成功例を語るときにシンガポールしか出てこないのはどうしてか? アメリカ合衆国があるではないか? アメリカ合衆国は、ネイティブ・アメリカン以外は全部移民である。時代ごとにヨーロッパからが多い時期、ラテン・アメリカらが多い時期、アジアからが多い時期、などはあるが、このおかげで巨大経済を維持でき、今に至っている。


そもそも、日本列島に今住んでいる人々のルーツは日本ではない。飛鳥時代にまでは遡ることができるが、この時期には大量の人が朝鮮半島やその先の中国大陸から日本に移り住んで、そのまま支配層になったという歴史がある。私の祖父は当家は菅原道真公の血をくむのだ、と言っているし、一族これを信じているが、これが本当なら、私の祖先も朝鮮半島からやってきた人だ。移民の末裔である。
いま日本文化と言われているものも、アジアの大陸の文化を自分たちなりに消化して昇華させたものである。これからの文化がグローバリゼーションのもとに変わっていくのは当然の流れである。


「ネイティブな日本人が少なくなった国を日本と言っていいのでしょうか?」という問いに対する答えは、「あたりまえじゃん、いいですっ!!!!!」「「そもそも国家という考え方がもはや通用しません」である。


あまりにも議論のレベルが低いので、あまり以後は付き合わないようにしますけどね。