20140722

「デザイナーとイラストレーターで食ってはいるんだけど、もともとやりたかった彫刻に取り組んでみたい」
私の友人A氏は一念発起した。
「今年は頑張って働こう。その後3年分食っていける金額を稼いで、無収入になっても制作に励むのだ。自分は年間350万円くらいあればなんとか人に迷惑をかけずに生きていける。材料代がかかってもなんとかなるだろう」。


初年度。彼は頑張った。350万円×3年+この年の生活費も必要だから4年分。手取り1400万円を稼ぐためには、税込み2000万円近くを得なければならない。来る仕事は一切断らず、土日も休みなしで目が腫れようが何だろうが頑張った。
目標の2000万円には少し届かなかったが1800万円。この年の確定申告で支払った税金は約400万円。手取りは約1400万円。このうち350万円は生活につかったから、1000万円ちょっとは手元に残った。


2年目。痛かったのは地方税である。地方税は国税の所得税と異なり、昨年の所得を基準に請求が来るから、市民税と都民税合わせて約120万円の請求が来た。月額10万円である。
2年目は予定通り無収入であるから貯金から払った。
予期しなかったのは「予定納税」。所得が前年並みであることを前提に前年支払った所得税相当金額の1/3をそれぞれ7月と11月に納めるものである。彼のように「今年は無収入で制作に励む。だから無収入」という人は、予定納税の減額申請をすることができる。しかし、ほとんどの場合「ゼロ」にはしてくれない。相談に行った税務署の職員次第、という部分もある。かれは税務署で熱く語ったがこの熱意は税務署員にはうまく通じなかった。結局請求額そのままを支払うことになった。「確定申告の際に、今年本当に所得ゼロ円だったら今回収める分はそのまま全部返ってきますから」と言って押し切られたのだそうである。
この他、国民保険料や国民年金も前年の所得を基準に言われるがままに支払わざるを得なかったのである。「滞納した場合の延滞金はものすごく高いですよ」と言われたのである。今年は少し下がったけれど、昨年までは年14.6%。住宅ローン(フラット35)なら1.74%〜2.03%、一般的な自動車ローンなら1.775%〜3.975%、金利が高いカードローンだって6.00%〜14.95%だから、今時珍しい高利である。しかたがないから払った。


なんだかんだで結局彼が「年間の生活費」と思っていた350万円とほとんど同じ額が税金などで消えてしまった。所得税の予定納税は、税務署員の言った通り確定申告後に還付されたが、還付金が振り込まれる直前には大変心細い思いをしたそうである。
高所得の時を基準におさめた国民健康保険、国民年金、地方税は還付されない。
人はいっぺん心細くなるとこの感覚が忘れられなくなり、けっこうまた貯金の金額は戻ったんだけど不安で不安で仕方がなくなってしまった。


結局彼は1年半で「彫刻家生活」を挫折。デザイナー&イラストレーターに戻った。
最盛期の年収2000万のレベルではいっぱいいっぱいなので、いまはそこまでの所得はない。
いつかはお金を貯めてまた彫刻家の生活をしたいのだ、と言っている。
日本の税制は、浮き沈みの激しい人には厳しい。「昨年こんなに稼いだのだから、今年も」という観念が完全に定着していて、そういう制度になっているし、運用する官吏もそういう態度のようだ。