昭和の人気コンサートでは「あまり券買うよ」「あまり券ない?」というオヤジの前を通ってコンサート会場に行くのが普通だった。
最近は、たまにしかこういう風景は見かけなくなった。
チケット二次流通サイトがあるからである。

日本の音楽業界4団体がチケット転売防止を求める共同声明を出した。
20160823_TenbaiNo
http://www.tenbai-no.jp/

4団体とは、一般社団法人日本音楽制作連盟(音制連)、一般社団法人日本音楽事業者協会(音事協)、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)、コンピュータ・チケッティング協議会の4団体である。
声明の全文をここに引用する。

【引用】
コンサートのチケットを買い占めて不当に価格を釣り上げて転売する個人や業者が横行している現状に、私たちは強い危機感を持っています。
これら組織的・システム的に買い占めるごく少数の人たちのためにチケットが本当に欲しい数多くのファンの手に入らないことに強い憤りを感じています。
転売サイトで、入場できないチケットや偽造チケットが売られるなどして、犯罪の温床となっていることにも憂慮しています。

また、私たちアーティストがあずかり知らないところで自らのライブのチケットが高値で転売されることで、ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受け、何回もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われています。

このように、すべての弊害が音楽を愛するファンに及んでいる状況を放置しておくべきではないと私たちは考えています。

イギリスでもレディオヘッド、ワン・ダイレクション、コールドプレイ等がチケット転売を防ぐための活動をしています。
日本の音楽業界でも、ファンがチケットを適正な価格で売買できるシステム作りを始めていたり、ネット上のダフ屋行為を取り締まれない現行法規の改正を政府や自治体に対して訴えてまいります。

ファンから音楽を楽しむ豊かさを奪う、この「チケット転売問題」について皆様にもぜひ一度お考えいただきたいと思います。
【引用ここまで】

■この声明は何を要求して出ているのか?■
この声明を読んで理解できないのは、この声明が何を要求して出されているのかわからないことだ。「皆様にもぜひ一度お考えいただきたいと思います」とあるが、
1)チケット二次流通サイトの禁止を求めているのか?
2)ダフ屋行為の法規制を求めているのか?
3)消費者に、チケット二次流通サイトの使用を慎むように求めているのか?
1)を求めるのならば、法による規制が必要である。「皆様にもぜひ一度お考えいただきたいと思います」というような次元ではない。
3)は、消費者は便利で、メリットがあれば使うだろう。

まず1)チケット二次流通サイトの禁止について。
私は、チケット二次流通サイトは、ライヴ・チケットの販売には貢献していると思う。チケット二次流通サイトができる前の私は、その日のスケジュールが微妙でいけるかどうかわからない日のチケットは、買うことはなかった。でも最近は「その日は絶対ダメ」でないかぎりチケットを買っている。もし行けなくなってもチケットが無駄になることはないからだ。
クルマでも本でも、価値あるものには必ず二次流通マーケットが存在する。ライヴのチケットも価値あるものだから存在するのだ。
業界ナンバー・ワンと言っている「チケットキャンプ」は登録会員数が200万人を越し、月間利用者はのべ500万人になるのだと発表している。これだけの人数に利用されているということは、多くの人に役立っている有用なサービスであり、これを禁止することはとてもできないだろう。
つまり、3)の「消費者にチケット二次流通サイトの使用を慎む」ように求めても、違法でもなく、便利で、役に立つサービスは利用され続けるだろう。

次に2)ダフ屋行為の法規制に関して。
インターネット上のダフ行為の禁止には、いまは有効な法律がない。冒頭に書いた昭和のダフ屋のように、コンサート会場のそばで売買行為をしている際には現行犯で、地方自治体の迷惑防止条例で捕まえてもらうことができたのだが、インターネット上のダフ行為には適用できない。無理やり取り締まるなら「物価統制令」を適用する事ができる。この第9条の2および第10条では、「不当に高価な」または「暴利となるべき」価格によって売買の契約をし、又は売買により金銭を受領する事を禁じており、違反すると同法第34条により「10年以下の懲役または500万円以下の罰金」に処されることとなっている。この法律は実際にダフ屋に適用されたことがある。1997年時点でダフ屋行為を処罰する条例がなかった京都府において物価統制令の適用による取り締まり事例が存在するのである( http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/159/0058/15904200058011a.html

■チケットの価格が適正でないから、ダフ行為で儲けられるのだ■
業界4団体側は、今起こっていることを他者のせいにしているのがこの声明である。しかし、実は問題があるのは、業界内部の問題であると私は思う。
あるインターネット・チケット(一時流通)サイトの人に聞いたら、ダフ屋からの大量購入はプログラマティックで、たいへん巧妙なのだそうである。インターネット・チケット(一時流通)サイトが対策を講じても、たいへん巧妙にこれをくぐり抜けるのだそうである。
つまり、ダフ屋の方も相当な投資をしている。
この投資をしてもダフ屋が儲かる、ということは、一時流通で売られているチケットの価格が適正でないのである。
「好きなアーティストの最前列なら10万円払っても良い」そう思う人がいるから、ダフ屋が成り立つのである。
日本のコンサートは、最前列でも、アリーナでも大概がS席で、同じ値段で売られている。発見された席番を見て良い席ならもっと払っても良い、という人は、チケット二次流通サイトで実際の席の位置を見て、高い値段を支払っているのである。このどこに問題があるだろうか?
アメリカでは、コンサートのチケットを買うときには席番がわかる。「この値段でこの席なら要らないや」という判断もできる。日本でもチケットがインターネット経由ではなくてプレイガイドのカウンターで販売していた時には席番を確認することができた。最前列なら10万円だが1階席前部は2万円、後部は1万円、2階席は8000円、というふうに細かく値段を決めるか、オークションで値段を決めるようにすればいいのだ。
オークションにすると「お金のある高齢者ばかりになってしまってお金がない若い人が入場できない」という声もあるが、それなら学割制度を設けるなり、全国各地の映画館やライブハウスなどでライブ・ビューイングをするなり、という解決策はいくらでもある。
日本ではアーティストによっては当日会場に行かないと席がわからないこともある。
転売禁止のせいか、一度に購入したのが4人なら4人全員揃わないと入場できないなどということもある。
こうしたことに対するクレームは主催者には届いていないのだろうか?

■チケットの価格の本当の適正化をしないと、この問題は解決できない■
チケット二次流通サイトの利用者がこれだけの多数にのぼり、ダフ屋が多額の投資に見合う収益を上げているということは、本来アーティスト側が受け取る金額が、全く関係ない人の所に落ちているということだ。アーティストにとってはこれこそが問題である。チケット料金が適正化が図られ、お金を出してもいい席がほしい人からいっぱいお金をもらい、その分お金のない人も入場できるようにすれば、アーティストにとっても有益なはずだ。
しかし、この業界4団体は、インターネット・チケット販売が始まってからの方式を変えるつもりもなく、ダフ屋ほどにもシステムに投資をするつもりがないように見える。
コンサートの問題点は、容易に席数を増加できないことだ。
音楽は、ごく一部の熱心なファンと、多くのライトなユーザーに支えられている。熱心なファンは放っておいても応援してくれるので、大きな対策を取る必要はない。問題なのはライト・ユーザーが音楽から逃げてしまったり、近寄りたがらなくなってしまうことだ。
コンサートの問題点は、席数に常に限りがあることだ。すぐに売り切れたからといって容易に追加公演ができない。アーティストの体力にも限界がある。1年365回、全力でコンサートなんかできない。
ということは、限られたリソースを最適配分して、最適な価格で自分たちの実入りを確保すること。これがチケット価格の適正化である。
私が注目しているのはライヴ・ビューイング。全国各地の映画館やライブハウスなどで映画1本分程度の安価な入場料で、大きなコンサートの生放送を大きな画面で多くのファンといっしょに楽しめるのがライヴ・ビューイング。これなら、席数の限界もない。
こういったことも考えつつ、チケット料金の適正化を図って、ダフ屋をやってもうまみがないようにしないと、この問題は解決しない。