商店街振興のお話がきた。
いまはまだ「シャッター商店街」にはなっていないけれど、そうなる恐れがあるので施策を何かしたい、という話である。
現地にお邪魔して商店街を拝見したが、いまだにここにお客さんが来ているのが不思議なくらいの商店街である。その後、近隣にある大きなショッピング・モールも見てから商店街に戻り、商店会の人々からお話をうかがった。

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どうしたいのか?

それが聞きたかったんだけれど、全くのノー・アイデア。「どうすれば良いのか聞きたいのに、どうしたいのか聞かれても困る」とのこと。たしかにそうだよね。

商店会には20代の人はいなくって、団塊の世代である60〜70代の人と団塊ジュニアである40歳前後の人ばかり。
彼らが口をそろえて言うのは「買い物はこの商店街でしかしない」「地元に貢献しないでモールに行って買い物なんかしてどうするのだ?」ということだった。
近くの郊外型ショッピング・モールではどんな店舗がどんなものをいくらくらいで売っているのか、全然知らないし、調べる気もないのだ。
「商店街の人間がモールを歩いているのを誰かに見られたら何と言われるかわからない」「面が割れているので、偵察だと思われたら困る」などという発言もあった。

「婦人服は商店街の中のどこそこ、肉は商店街の中のどこそこ、野菜も商店街の中のどこそこが一番だ、良い品揃えをしている」と言うのだけれど、近所のショッピング・モールに入っているお店との相対的な比較がこれではできない。
この商店街を選ぶのはどういう理由で、ここじゃなくてショッピング・モールに行くのはどういう理由だかわからない。
これでは、この商店街の潜在的なお客様の気持ちなんか推し量ることもできない。不思議なのは、60代の人はともかく、40歳前後の若い人たちもかたくなに「この商店街でしか買い物はしないし、飲みに行くのもこの商店街の中」と決めていることだ。

お付き合いのある自動車メーカーの社員で「自分では絶対に自社のクルマは買わない」という人がいる。「自社のクルマなど、仕事でいくらでも乗れる。他の社員は自社のクルマにしか乗らないから他社製品を日常的に乗っている人の気持ちが全然わからない。だから自分は、そのクラスで買い替えの時に一番人気のある車にしている」のだという。この方が健康的だと思う。

自分の周りにしか目が行かず、その中で判断しているから、自分たちのことが客観評価できない。こういう人に客観評価を伝えても徒労に終わるばかりだ。

世の中はどんどん変わっている。
すこしでも広く色んな所に目を配っていないと、近視眼になってしまって、気がついたときには時代に乗り残されるようになってしまうと思う。